店長ブログ
子供としての役目を1つしました
いつかは誰しも経験する親の死
ずっと危篤だった母が10月23日あの世に旅立ちました
施設に入所していましたが、10月2日体調が悪くて入院になり
胃ろうで栄養補給をしていましたが、それも一旦止めて
点滴で様子をみますと医師に告げられて、覚悟しないといけないな
という感じでした
死ぬ1週間前、医師よりそろそろ危ないからお見舞いにと
促され、いよいよかと覚悟をしていましたが、それなりに安定したんです
数日後朝の4時、医師より危篤だから来てくださいと促されて、父・妹・私の3人で行きましたが、母は一生懸命呼吸し苦しそうだけど
呼吸をして生き続けていたのでした。看護士さんも驚いてましたが
すごく頑張ってますね。先生も驚いてますと言われたくらいです
大丈夫そうなんで、一旦お引き取りでと言われ戻りました。
そして、その日の13時にまた病院から連絡がきて、様子が変わりましたと
促され急いで病室に行きましたが、もうすでに呼吸が止まってました。
とても辛抱強いというか、生きる力がすごい人だったんだって思いました
ユーモアがある母、優しい母で、周りの方からも愛されていた母
85歳でした
死に目に会えるかと思ってましたが、誰にも看取られたくない
見せたくない気持ちが強かったのか、、母らしい死に際でした
そして、入院して1週間くらいからはずっと息するのも
苦しそうで、見るのもつらかったけど
こんなに苦しくても全身の力を振り絞って生きる母の
姿に私たちへの、メッセージが込められているような気がして…
「辛くても頑張るんだよ」って声が聞こえているようでした
亡くなってからは、結構ハードですね
①葬式場探し、母の互助会を利用すると決め
業者を決定しました
②式場まで遺体を病院から式場に移し
③葬式の内容を決めていきます
④お寺を決めて、枕経を依頼します
⑤家族葬ですが、親戚とはかかわりが深いので親戚が多いのですが
連絡を取り、つつお通夜の日と告別式の日を決める
⑥無事に通夜、葬式と追われ、いよいよ火葬場へ
火葬場は青山でしたが、空を探すのが大変で朝の9時と15時しか空いていくらい
混乱してました
おときはせずに、身内だけで食事会をして無事に解散
お金がどのくらいかかったかですが、互助会は28万分あるので
60万に換算したとして現金で60万くらいだすかんじと言われて
かなりビビりました
家族葬なのでを連発していましたが、あとから考えたら
選んだ式場には家族葬の部屋もなく、普通の式場で花壇もそれなりに
大きく、、、親戚含めて20名は多かったのか、少なかったのかと考えたら
家族葬の割には多かった、大きなセットの割には人数が少なかった
それでも、結果的に家族葬のつもりが立派な祭壇で行われ
母も喜んでいるのかなって思いました
家族葬は増えてますが、式場によって金額も祭壇も多種多様ではあります
TVで家族葬のコマーシャルを見ましたが、今回よりもこじんまりしていて
あ、、これが家族葬の祭壇でお金もそれ相当なんだなと納得しました
支払うお金は予想外に高かったですが、色々勉強になりました
お葬式って見積もりをしてゆくっり決める時間がないので
前もって、勉強をするのは大事だなって思いました
親に悪くてきけないとか言っている場合ではないですね
死んだら何も聞けない、故人の要望を取り入れたいのに
わからないことが多々あるのです
また、私の両親はお互いに7人兄弟ですので家を継ぐとかもなく
どこのお墓に入るのかも迷いました
由縁のあるお墓なので、本人はどんな意志だったのか
どこのお墓にというのも一瞬で決めて、お寺さんに連絡をとり
葬儀の日時を決めて、枕経を依頼する
とにかく、え?どっち?と迷いながら決めるしかないのです
13時43分に亡くなってから、式場の手配、15:00くらいに式場についたら早々に
お寺さんを決めて手配、それから小布施の金額を30万程度と言われ
用意をする
親戚に連絡をする
急に起きることに、大変な判断を迫られる
そんな母の葬儀でした
教えがたくさんありました
いつか誰しも訪れる親の死です
知識のご準備必要です